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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)131号 判決 1975年12月25日

原告 朴秀官

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 岩淵正紀 押切瞳 荒木文明 ほか二名

主文

原告の主位的請求をいずれも棄却する。

原告の予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主位的請求として

1  被告法務大臣が原告に対し昭和四八年一月二二日付でした原告の出入国管理令第四九条に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決は無効であることを確認する。

2  被告横浜入国管理事務所主任審査官が原告に対し昭和四八年一月三〇日付でした外国人退去強制令書発付処分は無効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

予備的請求として

1  被告法務大臣が原告に対し昭和四八年一月二二日付でした原告の出入国管理令第四九条に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決はこれを取り消す。

2  被告横浜入国管理事務所主任審査官が原告に対し昭和四八年一月三〇日付でした外国人退去強制令書発付処分はこれを取り消す。

二  被告ら

1  主位的請求に対して

主文第一項及び第三項と同旨の判決

2  予備的請求に対して

本案前の申立てとして

主文第二項及び第三項と同旨の判決

本案の申立てとして

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二ないし第六<省略>

理由

第一主位的請求について

一  請求原因一の原告主張の経過によつて本件各処分がされた事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分につき原告主張の違法事由が存在するか否かについて判断する。

1  確立された国際法規ないし憲法第九八条第二項違反の主張

原告は、本件各処分が離散家族を保護することを内容とする確立された国際法規に違反し、ひいては憲法第九八条第二項に違反するもので無効であると主張する。

そして、一九五七年一一月国際赤十字第一九回国際会議において、戦争・内乱その他の政治紛争によつて生じた離散家族の再会を容易ならしめることを各国赤十字社及び政府に要望する決議が採択された事実は、当事者間に争いがない。

しかしながら、右決議は非政府団体によつてされたもので、直ちに法規範として諸国家を拘束する効力を有するとはいえないのみならず、本件のように不法入国者を国外に強制退去させることによつて生じる家族の離散をもその対象としているものとは解することができないし、原告主張のような国際法規が確立されているとはいえないから、原告の前記主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

2  裁量権の濫用ないし範囲の逸脱の主張

原告は、被告大臣は本件裁決に際し、原告に対し特別在留許可を当然与えるべきであつたのに、それを与えることなく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決をしたのは、その裁量権を著しく濫用し、あるいは裁量権の範囲を著しく逸脱したもので、したがつて、本件裁決には重大かつ明白な違法があるから無効であり、また、同裁決に基づきその後続処分として被告主任審査官がした本件令書発付処分も、本件裁決の違法性を承継してまた無効である旨主張する。

<証拠省略>を総合すると次の事実が認められる。

原告は、昭和一九年一月九日韓国慶尚南道において、父朴二出、母金某の次男として出生し、父が在日していたため、母と祖母に育てられ、農業の手伝いをするなどして家計を助けていたが、一七才ころから理髪店の見習いとして住込みで働き始め、その後釜山、ソウル等の理髪店を転々としながら理髪の技術を修得し、働いていた。その後、昭和四二年五月二四日ころ、韓国釜山から密航船で日本の門司に至り、同所から本邦に不法入国し(このころ、日本に不法入国した事実は、当事者間に争いがない。)、父が相模原市内で経営する朝鮮料理店の手伝いをするなどしていたが、その間の昭和四三年一一月ころ、店の顧客であつた在日韓国人宋根石の長女宋栄子と結婚し、同四四年九月一六日には長男宋容熙、同四六年一月一〇日には長女宋宗玉、同四七年七月二六日には次女宋順玉がそれぞれ生まれた。宋栄子が原告の不法入国の事実を知つたのは、長男出産後であり、婚姻届は、本件令書発付処分の後の昭和四八年三月にされている。原告は、前示朝鮮料理店の仕事を覚えると、父及びその妻(原告の義理の母)の成貴南に代り、店の仕事を引き受け、結婚後は栄子にも手伝わせてこれを経営していた。そして、昭和四七年六月三〇日父が死亡し、その後同年一一月前示不法入国の事実が発覚し、収容されるに至つた。収容後、原告は、自費出国のための身辺整理等を理由として、昭和四八年五月一五日仮放免が許可されているほか、同理由により、数回仮放免期間の延長が許可されている。原告は、また、昭和四九年七月から、相模原市において、成貴南らから資金を借り受け、焼肉店を開店しこの経営に当たつている。原告の妻宋栄子は、日本で生まれ育つた韓国人で朝鮮語は理解できず、また、韓国には知人等はいない。原告の母は昭和四七年八月ころ韓国で死亡し、現在兄朴秀稼が妻子とともに在韓し農業を営んでいる。韓国の兵役義務の期間は約三年間で、原告はまだ右義務を果していないので、強制送還された場合には、これに服さねばならないし、また韓国密航団束法によれば、密航者は三年以下の懲役に処するものと定められている。

右認定に反する証拠はない。

なお、原告は、本件不法入国は父親に会いたいが故のものと主張し、<証拠省略>中には、これに副う部分があるけれども、<証拠省略>によれば、父親朴二出は原告の不法入国の日時の直前である昭和四二年五月二〇日韓国から再入国している事実が認められ、右の事実及び不法入国後の原告の行動に照らすと入国の主たる動機が父親との面会にあつたとは認め難く、その父親もすでに死亡していることは前示のとおりである。

以上認定の事実関係によれば、原告が強制送還されると、原告は日本において有する生活の基盤を失う虞があるけれども、日本における生活関係はもともと不法入国という違法行為の上に築かれたものであつて、不法入国の事実が発覚するならば、かような事態に立ち至ることは当然に予期していたはずである。原告は出生以来引き続き二三年間以上韓国で生活して来た経歴を有し、理髪の技能や飲食店経営の才覚をも有するものであり、兄も韓国に居住して農業を営んでいるのであるから、韓国において家族と共に生計を維持できないとは到底考えられない。また、韓国に送還された場合、韓国の国法の定めるところにより、兵役に服する義務があり、また、密航者として処罰を受けること以上に、不当に長期間の刑罰や社会的制裁を受ける虞があるとも認められないし、妻子も朝鮮人であるからその本国に帰国することは可能であり、原告が強制送還されたからといつて一生家族の離散が強いられるものでもない。

そうだとすると、被告大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたことをもつて、著しく正義あるいは人道に反するとはいえない。

また、<証拠省略>によれば、毎年相当数の朝鮮人不法入国者に対し特別在留許可が与えられており、それらの者の中には、在日の親族又は家族を有する者も含まれている事実を認めることができるけれども、出入国管理行政の実務上在日親族等を頼つて不法入国してきた朝鮮人に対しては、原則として特別在留許可を与える取扱いであるとは解することができず、また、他にそのような内容の行政先例法ないし行政基準の存在を認めるに足りる証拠もないから、原告が、他の事例に比し特段に不平等かつ不利益な扱いを受けたものとは認められない。

そうすると、本件裁決に際し被告大臣が原告に対し特別在留許可を与えなかつたことにつき、裁量権の濫用ないし範囲の逸脱があつたとはいえず、同裁決及びこれを前提としてされた本件令書発付処分に重大かつ明白な瑕疵があるとは到底いえないから、この点に関する原告の主張は失当といわねばならない。

三  以上のように、本件各処分が無効であるとの原告の主張はすべて失当であるから、その無効確認を求める本件各請求はいずれも理由がない。

第二予備的請求について

一  前示のとおり本件裁決及び本件令書発付処分が、それぞれ昭和四八年一月二二日及び同月三〇日にされたことは、当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、各処分がいずれも同月三〇日原告に告知されたことが認められる(なお、<証拠省略>中、通知を受けた年月日として「昭和四七年」とあるのは「昭和四八年」の明白な誤記と認められる。)。そして、本件各処分の取消しを求める本訴が、右告知の日から七か月以上経過した後の同年九月二九日に提起されていることは、訴訟記録上明らかである。

二  ところで、原告は、横浜入国管理事務所の担当官から、いわゆる「再審」の手続により法務大臣の裁決に対して不服申立てができる旨の教示を受けたので、これに従つて、同大臣に対し「再審」の申立てをしたから、右は行政事件訴訟法第一四条第四項に該当し、出訴期間の起算点は、右申立てを棄却する裁決が原告に告知された昭和四八年七月二四日であると主張するので、この点について判断する。

<証拠省略>中には、前示入国管理事務所の担当官中村から昭和四七年一二月二八日同事務所前のレストランにおいて、また、同事務所の相馬課長から翌四八年一月三〇日同事務所の廊下において同行の韓国人の者を通じて、それぞれ異議の申出が理由がない旨の裁決があつた場合、さらに再審という手続がある旨を教えられた趣旨の供述があるけれども、同供述部分は、<証拠省略>と対比して措信できないのみならず、原告本人の右供述自体からしても裁決に対する審査請求手続として再審なるものを教示したものとは、必ずしも認め難い。その他、原告が本件裁決に対し審査請求し得る旨の教示を受けた事実を認めるに足りる証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の出訴期間の起算点についての主張は失当である。

三  そうすると、本件各処分の取消しを求める各訴えは、いずれも行政事件訴訟法第一四条第一項所定の三か月の出訴期間を徒過して提起されたものというべきであるから、不適法といわねばならない。

第三結論

以上のとおり、原告の主位的請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、予備的請求に係る訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 山崎敏充)

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